シュークリームはフランス生まれではなかった — 起源の真実
16世紀イタリアから始まった、知られざる旅
「シュークリームはフランスのお菓子」というのは、半分正解で半分間違いです。シュー生地(パート・ア・シュー)の起源は16世紀のイタリアにあり、フランスに渡ったのはカトリーヌ・ド・メディシスの結婚がきっかけでした。500年にわたる旅の歴史を紐解きます。
最初のシュー生地はイタリアで生まれた
1533年、フィレンツェのメディチ家の娘カトリーヌ・ド・メディシスが、フランス王アンリ2世と結婚するためにパリへ渡りました。このとき彼女が連れてきたイタリア人料理人パンテレリが持ち込んだのが、「パート・ア・ポペリン」と呼ばれる生地です。これがシュー生地の原型とされています。ただし、当時の生地は現在のシュー生地とは異なり、揚げて作るものでした。
パリで進化した生地
イタリアから渡ったシュー生地は、17世紀にフランスで大きく進化します。1760年頃、ルイ15世の料理人アヴィスが、生地を揚げるのではなくオーブンで焼く方法を発見しました。加熱すると生地が膨らんで空洞ができることに気づいたアヴィスは、この生地を「パート・ア・シュー」(キャベツ生地)と名付けました。焼き上がりの形がキャベツ(フランス語でシュー)に似ていたからです。
フランス語の「choux」はキャベツの複数形。焼き上がったシュー生地がキャベツのように丸くぼこぼこしているため、この名前がつきました。日本語の「シュークリーム」は「choux à la crème(クリームを詰めたキャベツ)」が語源です。
アントナン・カレームとシューの黄金時代
19世紀初頭、「シェフの王、王のシェフ」と呼ばれたアントナン・カレームがシュー菓子を芸術の域に高めました。カレームはシュー生地を使ったクロカンブッシュ(シューを積み上げたウェディングケーキ)を考案し、ナポレオンの宮廷で提供しました。彼の影響でシュー菓子はフランス料理の象徴となり、エクレア、プロフィットロール、パリ=ブレストなど、現在も愛される菓子が次々と生まれました。
「菓子職人の芸術は建築に似ている。基礎がしっかりしていなければ、どんな美しい建物も崩れ落ちる」
— アントナン・カレーム(1784-1833)
日本へのシュークリームの伝来
シュークリームが日本に伝わったのは明治時代です。1874年(明治7年)、東京・銀座に開業した「風月堂」が日本初のシュークリームを販売したとされています。当初は「洋菓子」として珍重され、上流階級のみが食べられる高級品でした。大正時代になると洋菓子店が増え、昭和に入ってからは一般家庭にも普及。1970年代のコンビニエンスストアの普及が、シュークリームを「国民的スイーツ」に押し上げました。
シュークリーム年表
| 1533年 | カトリーヌ・ド・メディシスがイタリアからシュー生地の原型をフランスへ持ち込む |
| 1760年頃 | 料理人アヴィスがオーブン焼きシュー生地を発明、「パート・ア・シュー」と命名 |
| 1800年代初頭 | カレームがクロカンブッシュを考案、シュー菓子が宮廷料理の花形に |
| 1874年 | 日本・銀座の風月堂が日本初のシュークリームを販売 |
| 1970年代 | コンビニ普及でシュークリームが日本の国民的スイーツに |
| 2000年代〜 | 専門店ブーム、インスタ映えする断面写真がSNSで拡散 |
日本独自の進化:「シュークリーム」という言葉
実は「シュークリーム」という呼び方は日本独自のものです。フランスでは「シュー・ア・ラ・クレーム(choux à la crème)」、英語圏では「クリームパフ(cream puff)」と呼ばれます。日本では略して「シュークリーム」となりましたが、これは和製フランス語。フランス人に「シュークリーム」と言っても通じません。また、日本のシュークリームはクリームの量が多く、皮が厚めというのも日本独自の進化です。フランスのシューは皮が薄くクリームは少量で濃厚、という対照的な特徴があります。
世界のシュー菓子バリエーション
- ✦エクレア(フランス):細長い形にチョコレートをかけたシュー
- ✦プロフィットロール(フランス):小さなシューにアイスクリームを詰めてチョコソースをかけたもの
- ✦クロカンブッシュ(フランス):シューを積み上げたウェディングケーキ
- ✦ベルリーナー(ドイツ):揚げたシュー生地にジャムを詰めたもの
- ✦ザッハートルテ(オーストリア):シュー生地を使ったチョコレートケーキ
- ✦シュークリーム(日本):クリームたっぷり、皮厚めの日本独自スタイル